入寮の経緯

入寮の経緯

 

入寮の経緯

文:棋客

 私は昨年9月に入寮した新入寮生です。現在、京都大学の博士課程に所属し、ある国の古典の研究をしています。秋から、しかも博士課程から吉田寮に入る人は決して多くありませんから、寮生・寮外生問わず、「なぜいま吉田寮に入ったの?」とよく訊かれます。

 入寮の理由はとても単純で、「他に行く当てがなかったから」の一言で済みます。私はもともと、2020年9月から二年間、奨学金を給付されながら、ある海外の大学へと留学する予定になっていました。しかし、新型コロナ流行の影響を受け、現地渡航は叶わず、地方の実家からオンラインで留学することになりました。

 一年間のオンライン留学で得るものもそれなりにあり、勉強が全くできなかったわけではありません。ただ、やはり現地で学べないのは不満ですし、オンライン留学では、現地での生活費として給付される奨学金を受け取ることができないのも問題でした。また、私の実家と大学は遠く離れていますから、友人や研究仲間との繋がりが薄くなってしまった上に、京都大学の図書館の資料を使うことすらできず、自分の研究に大きな滞りが生じるなど、デメリットは無視できないものがありました。

 こうした状況でも、オンライン留学が続けられるのなら、仕方がないので続ける予定でした。しかし、もともと留学二年目に参加予定だった専門的な講義・ゼミが、どれもオンラインに非対応であることを始業直前に知らされ、オンライン留学の継続すら不可能という状況に追い込まれました。いよいよ実家で何もできる事がなくなった私は、急遽予定を変更し、留学を中断して京大に復学することにしました。以上が、私が昨年九月に京都に戻ると決めた経緯です。

 ただ、いつ何時、留学での海外渡航が可能となるか分からないこの情勢下で、京都で賃貸の部屋を借りるというのは、大きなリスクがあります。わざわざ実家から引っ越しをし、敷金礼金を払い、家具を揃え、さあこれから、というところで留学再開になり、また部屋を引き払うとなると、金銭的な損失が痛すぎるからです。新型コロナ流行下では、飛行機のチケットの値上がり、渡航後の隔離ホテルの宿泊代など、留学にかかるコストも増大しています。賃貸以外の選択肢がない場合、京都に戻ることは難しかったと思います。

 しかし幸い、京大には低廉な寮があります。そこで私は寮に住むという選択肢を視野に入れたわけですが、予定変更が急だったこともあり、その時点で入寮募集に間に合う寮が吉田寮しかありませんでした。吉田寮が微妙な立場に置かれていることは知ってはいましたが、吉田寮のホームページで現在の状況やその経緯が詳しく説明されていましたし、また入寮面接で自分の疑問や不安を寮生がきちんと解説してくれたこともあり、ここなら問題ないだろうと判断して入寮しました。いま、入寮して半年が経過しましたが、無事に京大の図書館や研究室を利用しながら、研究を進めることができています。

 以上のように、私が寮に入った経緯はあまりに後ろ向きなものですが、寮でこの話をすると、多くの人から「福利厚生施設としての吉田寮があってよかった」という思わぬ反応を貰います。それは吉田寮が脈々と保ってきたアイデンティティであると同時に、たびたび寮からの退去を迫られる中で、「吉田寮の存在意義をどこに見い出すのか」ということと向き合い続けた結果、先鋭化された武器の一つなのかもしれません。その武器に助けられた私としては、その武器を守るため、そしてよりよいものにするため、行動を起こしていかなければならない。そんなことを考えながら、今日も私は寮で暮らしています。