【小林哲也准教授(人間・環境学研究科) 寄稿】

教員 人間・社会・思想講座 小林哲也

新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。新入生ではないけれども読んでいる方、こんにちは。人間・環境学研究科の教員で、ドイツ語やドイツ文学・精神史について教えている小林といいます。

長めの大学院時代を京都大学の人間・環境学研究科で過ごしていたので、吉田寮は常に近くにある存在ではありましたが、関わりができたのは最近のことです。きっかけは同じくドイツ語教員の細見和之先生に誘われて二人でバンド演奏をしたことでした(細見先生が歌とギターで、私がドラムス)。ティーアガルテンというユニット名でYoutubeにも吉田寮でのライブ映像がアップされています。

 このバンドでの練習の際に、すでに吉田寮と関わっていた細見先生の紹介もあって、寮の「厨房」を使わせてもらうようになりました。「厨房」については、おそらくこのパンフレットのどこか別のページに紹介があると思いますので、ごく簡単に紹介しまと、「厨房」は、実際にガスコンロや巨大な冷蔵庫が並んでいる調理スペースですが、その横にドラムセットとギターアンプ、マイクスタンド類が一通り揃っていて、朝から夜までバンド練習ができる場所になっています。

「厨房」の利用は寮生や京大関係者に限られません。厨房や寮の歴史、そして理念についてレクチャーを受けることで誰でも「厨房使用者」として利用できます。厨房の利用方針なども「厨房使用者」によってかなり直接民主的な形で進められています。厨房を利用するようになって新鮮に思ったことは、寮生からするといわば「外部の人間」である「厨房使用者が」、朝っぱらから騒音を出していても、それほど嫌な顔もせずに当たり前のようにしていることでした。厨房や食堂は、ある種の共有財、あるいは文化スペースとして、「使用者」にひらかれているものだという認識が寮生の間に共有されているのかと思いました。

厨房の横には広い「食堂」がありますが、ここはもう食堂としては機能しておらず、イベントスペースのように使われています。「食堂」は耐震工事も既にされていて、その意味でも安心できる空間になっていおり、雰囲気も良いので京大の演劇サークルや音楽サークルに舞台や公演の場として重宝されているようです。例えば吉田寮祭などでは、寮生だけでなく、京大をはじめとした周辺の学生、また、左京区をはじめとした京都、さらにはもっと遠方のバンドや歌い手が2日間にわたって演奏を繰り広げたりします。

少し話が変わりますが、私が研究している思想家のヴァルター・ベンヤミンが「正義に関するテーゼ」と題されたメモの中で「財の財産権」というアイデアを提示しています。ベンヤミンは、ここで「財」の使用権や所有権を所有者から見るのではなく、財それ自体の側から考えようとしています。財には「正しく使われる権利」があり、これを尊重する行為に正義が認められます(詳しくは、以前、岩波書店の『思想』に論文を書いたのでご覧いただけたら幸いです)。厨房や食堂といった財は、吉田寮においては、寮生が占有するのではなく、使用者に開放される自由な空間として機能しています。これは寮生が、場の可能性を「正しく」展開させるように努力しているからだと思います。「寮は寮生によって身勝手に占有されている」といったイメージが一部で流布されているようにも思いますが、私が知っている限り寮生たちにそのような身勝手さは無縁で、吉田寮という場を受け継ぎ、その可能性を活かし、今後も正しく展開させようという方向を向いています。

この2年ほど関わる中で、寮と寮生の魅力を感じることしきりです。読んでいる方皆が入寮されるわけではないと思いますが、入寮せずとも、一度訪れてみてはいかがでしょうか?